うつ病と躁病

1.うつ病

うつ病エピソードの症状

 抑うつ気分が根底にあり活力が乏しくなるのが、うつ病エピソードの特徴である。以下のような感情の障がい、意欲・行為の障がい、思考の障がい、身体の症状が出現する。なお、大うつ病の「大」とは「はっきりとした」という意味である。

 

感情の障がい

(1)抑うつ気分

 「気分がめいる、落ち込む」「元気がでない」「ゆううつだ」などと表現される抑うつ気分がある。気分がゆううつで鉛のように重く沈む。表情は冴えず下を向き、発語のテンポはゆっくりとなり、会話数は減少し語調は弱くなる。反応や動きも一瞬、間をおいて行われる。しかし、苦渋ながらも遅れて行われる反応は正確であり、(器質性・症状性精神障がいでみられる)意識障がいや(統合失調症でみられる)思路の異常はないことがわかる。

 軽症の場合には、人前ではむしろニコニコして気丈夫に元気にふるまっている例も少なくない。しかし、うつが進行してくると、いかなる場合にも元気にみせる余裕はなくなり、誰に対しても打ちひしがれたような表情をみせる。

(2)興味や喜びの喪失

 すべての物事に対する興味や関心がなくなる(興味や喜びの喪失)。自分の趣味や好きなことに対する興味も喪失する。いわば感情が枯れてしまった状態となる。日課にしていた新聞やテレビを見なくなる。あるいは、ぼんやりと新聞の見出しや、テレビの画面をただながめているだけになる。

(3)自責感、無価値観

 大うつ病エピソードを呈する者は他者配慮が高じていて、他人に迷惑や心配をかけてはいけないと感じている。自分から苦悩を明かすことが少ない。周りの人たちに申し訳ないと自分ばかりをせめている(自責)(この点は、「うつ」を自称するパーソナリティ障がい、不安障がい、のうつとは異なる。特にパーソナリティ障がいの「うつ」の場合には苦悩を外に訴え、また自分を責めることはなく常に他罰的である)。

 何事にも悲観的で、物事を悪い方向にしかとらえられない。自分は価値がなく、生きていても仕方がないと感じている(無価値観)。

 

意欲・行為の障がい

(1)意欲や行動の低下

 何かしようとする意欲がなくなる(精神運動抑制)。話し方や反応も遅くゆっくりとなる。身だしなみなどの最低限の日常生活も行うのが億劫(おっくう)でできなくなる。人と会うのも億劫で人との接触を避ける。うつがさらに重篤になると思考も制止し発動性も途絶え、動きがまったくなくなる状態になる(うつ病性昏迷)。

 一方で、頭では何をやらなければならないかわかっているので不安焦燥が生じる。一部の者では、イライラ焦燥していて徘徊し、不安が強く落ち着かず、多弁で身体をたえず動かして、一見活動的と思えるようにみえることがある。しかし活動のまとまりがなくなる(激越型うつ病)。交感神経系の過緊張が継続していて不眠もあり身体的には疲労している。また、衝動性が高まっているのでしばしば自殺する事があり要注意である。

(2)希死念慮と自殺企図

 うつ病相では認知に歪みが生じ、自己評価低下が極端である。自己の能力や境遇について異常に低い見方しかできなくなる。「自分には価値がなく生きていても他人に迷惑をかけるだけだ」「このようなことなら死んでしまったほうがよい」という思考になる(希死念慮)。この厭世的(えんせいてき)な思考から脱出することができない。しばしば自死に至る。もっとも、精神運動抑制が最悪の時期には、自殺を企てる(自殺企図)こともできない。自殺すること自体にもエネルギーを必要とするからである。自殺を企てるのは、制止が強くなり動けなくなる前の段階、ある程度回復が得られてからである。

(3)日内変動

 以上述べてきた症状、抑うつ気分精神運動抑制が、朝が一番悪く、昼をすぎて夕方になると少し良いという日内変動を示すことが多い。「朝起きてから布団から出て歯を磨くまで、億劫で身体が鉛のように重く進まず1時間かかる」が、「午後になると少し楽になり室内で動けるようになり、夕方は外に散歩に出る事もできる」という言い方をする。内因性のうつ病性障がいに特異的な現象で、不安障がいやパーソナリティ障がいの「うつ」にはこの日内変動はあまりみられない。両者の判別をする際に参考になる。なお、躁病の時の爽快気分には日内変動はみられない。

 

思考の障がい

(1)思考制止

 精神運動抑制がさらに重篤になり、考えが進まない、頭が回転しない状態となる。思考が制止する。アイデア自体も浮かんでこないので、判断や決断ができなくなる。本来なら簡単にできることに何倍もの時間をかけても、やり遂げることができなくなる。

(2)微小妄想

 自己評価の低下が重症な場合には、自分に関する事柄を極端に悲観的にとらえ、以下のような訴えが、しばし訂正不能で持続する(微小妄想)。特に、喪失や老化がテーマである高齢者にしばしば認め得られる。

貧困妄想(「貯金も無くなり生きていけない」「入院費が払えなくなった」など)

罪業妄想(「過去に重大な罪を犯してしまった、その罰を今受けている」「取り返しのつかない過ちを犯した」など)

心気妄想(「重大な病にかかっている、もう先は無い」など)

 

身体の症状

(1)食欲低下と睡眠障がい

 通常、食欲低下睡眠障がいが典型的な身体症状である。ときに、食欲増進や睡眠過多(この場合でも熟眠感の欠如がみられる)を呈する場合もあるが例外的である。

 食欲低下は味覚低下を伴う。「砂を噛んでいるよう」「食べたくないが、無理をして食べている」と表現する。食欲がなくなるので体重が減少する。また性欲も低下する。

 睡眠障害は、具体的には「夜中に目が覚めるともう眠れず、あれこれ悪いことを考えてしまい、悶々としている」という中途覚醒、「朝方、暗いうちから目が覚めてしまいもう眠れない」という早朝覚醒が確認できる。

(2)仮面うつ病

 その他の身体症状として、倦怠感、疲労感や全身のだるさ、頭痛、腰痛、下肢の痛み、肩こり、めまい、便秘を訴えることも良くある。このような身体症状ばかりが目立ち、抑うつ気分や精神運動抑制が目立たないタイプのうつ病を仮面うつ病という。

 通常のうつ病は成人期~中年期に発症する。一方、中年期をすぎる50歳以降、すなわち人生のピークをすぎて初めて発症するうつ病のなかには、身体症状ばかりが目立つタイプのものがある。仮面うつ病の様相を呈し、長引きやすく難治であるため、かつては退行期うつ病といい、一つの疾患概念ととらえていた。

仮性認知症(うつ病に伴う特殊な病態)

 うつ病エピソードでは、長い経過でみれば知能低下は原則として生じない。しかし思考制止が強い時期には注意や記憶、判断の力が低下しているので、知能や高次脳機能関連の検査では低下がみられる。特に高齢者ではうつ病相の時期は、器質疾患の認知症様になる(仮性認知症)。

 しばしば高齢者では、うつ病による一過性の知能低下(うつがよくなると回復する知的低下)なのか、脳器質性の認知症(今後も知能低下の回復がない)なのか区別がつきにくい。一般に、質問に間をおいてやっと話し始める、あるいは知的機能の低下についての話題がでてくるのが仮性認知症である。本当の認知症では質問をはぐらかしたり、むしろ多弁であったりする。

 

2.うつ病エピソードの対応・治療

具体的な休息のさせ方

 うつ病の治療の原則は十分な休養である。責任感が強く、自分が休むことによって全体に迷惑をかけてはいけないといった規範に縛られ、「自分がいないと皆が困る」からと休養をとれない。そもそも休息しなさいという指示だけで休めるくらいの鷹揚さ、性格であるのなら、うつ病にはならない。休職、休学あるいは安静が必要である診断書により、半ば強制的に義務から解放させることが必要である。どうしても休息がとれないようなら、義務から遮断するために、入院治療を選択する。

 患者の身辺の人に、励ましや気晴らしの提案は逆効果になることを伝える。頑張った結果が現在なので、何を頑張れば良いのかがわからない、気晴らし自体も義務になってしまうという説明をする。

 重大な決断は、本人に棚上げにしてもらう。うつ病が改善し頭がはたらくようになったら判断してもらうよう話す。

希死念慮への対応

 自殺をしない約束をさせることが大切である。具体的には、次に会う日時を約束し、それまでの間は死ぬことはしてはいけないとの指示に従ってもらう。真摯な態度で臨めば、うつ病親和性の性格で約束を義理堅く守ってくれる。生きていても仕方がないか、いっそのこと死んでしまいたいくらいか、と聴くことは健康な者にとってみると、当人を刺激してしまうのではないかと危惧する。しかし自殺念慮を話題にしても、患者を自殺に追い込むことはない。むしろ本心をわかってくれていると感じ、孤立感を和らげる。

精神療法

 必ず治る病気であることを伝える。あくまでも受容的、支持的に対応するのが安全である。ある程度うつ病期がよくなって、自分のおかれている状況や考え方の振り返りができる場合には、認知の歪み、悪いほう悪いほうへとってしまう考え方の癖(自動思考)を修正すべく対話と気づきの作業をしていく(認知行動療法)。しかし、うつ病状が重い時期には認知行動療法は負担が大きく、あまり益がない。むしろよくなってから、再発の予防やゆとりある生き方を模索する段階になって行うとよい。同様に、詮索的な心理療法(正統な精神分析療法など)は心的負担が多くなりよくない。

薬物療法

 十分な薬物療法が必要である。抗うつ薬を服用しなくても6ヶ月~1年程度でうつ病エピソードは回復するが、薬物療法によって3ヶ月程度以内に短縮できる。薬物治療が適切に行われないと、苦痛や自殺リスクが格段に高まる。

 

3.躁病

躁病エピソードの症状

 気分が高揚し活動性が亢進した状態が躁病相である。以下のような感情の障がい、意欲と行動の障がい、思考の障がいがみられる。

 

感情の障がい

 高揚気分爽快気分が生じる。上機嫌で楽しく健康感にあふれる。自信に満ちあふれ開放的になる。軽い躁状態の場合(期間が4日以内で入院を要さない程度の場合には軽躁病エピソードという)には心身好調で疲れを知らず、社会的逸脱もなく、社会生存に有利かのようにみえる。しかし、たいていは1週間以上持続し、気分の高揚にとどまらず情動が不安定で易刺激的攻撃的となり、些細な事柄に激しく怒ってしまい社会的に破綻する。病気の自覚はなく、自己中心的で、周囲の助言や忠告を受け入れない。職業的機能障がいを起こす。

 

意欲と行動の障がい

 精神活動が亢進し次から次へとアイデアが浮かぶので、多弁で身振り手振りも大きくなる。新しい活動を始めて行動がとまらない。一見、意欲があり生産的にもみえるが、散漫で長続きせず、また他人への配慮もできないので周囲に迷惑をかける。その事実を指摘すると怒る(易刺激性亢進)。また、抑制がなくじっとしていられず行動を起こす(行為心拍)。冷静な判断能力は失われ、前後の計画性がなくなり浪費・乱費する。例えばクレジットカードで数十万円単位の買い物を次々にして、それらを気前よく人にあげてしまう。見境なく興味を持った異性に話しかけ一方的に交際を申し込む(社会的逸脱行為)。

 

思考の障がい

(1)観念奔逸

 爽快気分と共に、頭の回転が速くなり次から次へとアイデアが浮かぶ。しかしそれらはわき道にそれ、どんどん主題から脱線してしまう。次から次へと内容が飛んでしまうので、一貫せずまとまりがなくなる(観念奔逸)。目に入ったもの、そこにあったものに話題や関心が引きつけられ、注意が一つの事に長続きしない。これれは統合失調症にみられる支離滅裂とは違って、一つひとつのことは正常な、理解可能な物語性をもっている。しかしそれらの話が次から次へと脱線し、その事実を指摘すると怒る(統合失調症者では話の脱線を指摘しても、我関せずそのまままとまりのない話が続く)。

(2)誇大妄想

 自分は何でもできるといった万能感、根拠のない自信に裏打ちされ、実現不可能なことを実現できると考え、訂正が不能となる。自分は高い地位や立場にふさわしい者だと確信する(誇大妄想)。大金持ちになる、発明家になるといったようなことを信じているが、具体的な努力をしない。病識がなく周囲とのトラブルが頻発する。エネルギッシュな誇大的な思考や万能感に基づいているところが統合失調症の妄想とは異なる。

 

身体症状

 寝る時間も惜しんで活動するため、睡眠時間は少なくなる。熟睡せず朝早くから夜遅くまで活動しているが、本人は睡眠をとらないことを苦痛とは思わない。食欲自体は旺盛だが、食事に対する関心が薄れ、食事量が減る。活動性が増すため体重は減る。性欲は亢進する。

 

4.躁病エピソードの対応・治療

 病識がないので、躁病エピソードの時期には説得や説明による制止は難しい。薬物療法が中心になる。

薬物療法

 気分安定作用のある炭酸リチウムを投与する。これは抗精神病薬による沈静と違って、気分そのものを安定化するので長期的にも投与できる。ただし電解質なので、下痢などの体調不良によって血中濃度が変化する。血中濃度の測定と服薬量の確認が必要である。抗てんかん薬であるカルバマゼピンやバルプロ酸にも抗躁作用がある。これらの気分安定薬は効果発現に1週間程度かかるので、急性の興奮や多動には追い付かない。この場合には抗精神病薬投与しながら、前述の気分安定薬の効果発現を待つ。なお双極性感情障がいでは、うつ病エピソードの時期に投与した抗うつ薬がしばしば躁転のきっかけをつくるので、この炭酸リチウムを継続投与する。炭酸リチウムには気分低下の予防作用もある。

電気けいれん療法(電気治療)

 自殺の危険が非常に高く、一瞬たりとも目が離せない状態で、即効的な治療が必要な場合、あるいは従来の抗うつ薬では副作用が出現するばかりでうつに対する効果がない場合、あるいは昏迷のような非常に重いうつ病像を呈している場合には、電気けいれん療法を行う。

 

5.非定型うつ病

 うつ病はまじめで几帳面な人が無理を重ねて発症する、というのが従来からの見方であった。ところが1970年代頃から、まじめで几帳面、完璧主義といった従来からのうつ病親和的な性格をもたない、比較的若い人のうつ病が目立つようになってきた。いつもは苦渋に満ちているが、楽しい出来事には反応性に気分が明るくなる。

 気分障がいの中核をなす内因性うつ病は自責的で他人を責めることはない。しかしこの新しいタイプのうつ病は、ときに他人を責める。また抑うつ自体は軽く、自分が好きな事をしているときにはうつとはみえない。しかし義務や気乗りしない物事を前にして、自分はうつだと主張する。あるいはうつ病エピソードの症状がそろい、周囲もうつ病であると認めざるを得ない。

 この非定型うつ病は不安障がいを合併していることが多い。なかでも社交不安障がいが多くみられ、他人から拒絶されることに敏感であり、対人関係で傷つきやすい。すなわち、元来の素因が関係している。しかし一方、非定型うつ病の2割は経過中に双極性感情障がいの様相を呈し、躁病エピソードの時期には積極的な対人関係、活発な社交がみられる。すなわち、非定型うつ病は不安障がいの一類型である、とまではいえない。やはり気分障がいとして取り扱うべきとされている。

 

新・精神保健福祉士養成講座 ~精神疾患とその治療~ (中央法規)より抜粋