依存症とは
精神作用物質使用による精神および行動の障害
1.精神作用物質とは
認知や情動などの精神機能に影響を与える物質を精神作用物質という。
このなかの、酩酊、気分高揚、恍惚、知覚変容など心地よい快楽が得られる物質には、一度使用すると自分の意志では使用を止めることができなくなる(精神依存)のものがある。これらはやがて物質が常時体内に存在することで、(中枢神経の活動を抑制する物質では特に)身体の細胞がその環境に適応するために変化する(身体依存、耐性の形成)。その結果、生物学的に悪影響を及ぼし、精神症状を発現する。そのために家族や周囲の人を巻き込み心理的問題を生じさせる。さらに、暴力、交通事故、道徳退廃といった社会的な問題を発生させる。
2.依存と乱用
依存症候群は下記の(a)〜(f)のうち三つが同時にみられることと定められている。
ICD-10
(a)摂取したいという強い欲望あるいは切迫感
(b)摂取行動を統制することが困難
(c)離脱症候群の出現
(d)使用量を増やさなければならない耐性の出現
(e)摂取せざるを得ない時間や、効果からの回復に時間がかかる
(f)明らかな有害な結果が起きているにもかかわらず、依然として使用している
依存症候群になると、何が何でも手に入れたくなり(渇望)その摂取に至るための行動(薬物探索行動)が他のすべての何よりも最優先されてしまう。
乱用とは使用様式を指す用語で、薬物や物質を社会的な決まりに反して無秩序に摂取することをいい、DSM-IV-TRで用いられている。
中毒とは薬物が体内に摂取された結果、意識水準、知覚、感情、行動などに一過性に機能障害が生じた状態いう。
物質関連障害という場合には、依存症候群のみならず、急速な大量摂取時に起こる意識障害の状態や、長年の摂取による脳器質変化による認知症(例えばアルコール性認知症)も全て含んでいる。
3.精神依存と身体依存
依存は精神依存と身体依存に分けられる。
■精神依存
薬物を「精神的」にやめられなくなる状態であり、物質学的には、大脳の報酬系の回路が刺激されることを脳が強く要求する。依存形成当初は、心理的葛藤から手軽に逃避できる道具としてほんの1回だけのつもりで使用するが、その心地よさに、2回目3回目と止めることができなくなっていく。ただし、この精神依存だけでは離脱症状は生じない。健常者は身体の細胞を、血中に薬物があることによって保つことができない。
■身体依存
長年摂取した影響により、薬物が血中にあることによってむしろ身体の細胞が生理的な平衡状態を保てる状態に変化してしまうことである。離脱症状は、身体依存が形成され血中に薬物があることが前提で保たれていた細胞の平衡状態が血中に薬物がなくなることによって保てなくなり、病的な身体症状が出現することをいう。
※平衡状態・・・ある状態が安定に保たれていること
4.抑制系の物質と興奮系の物質(図1−1)
精神作用物質は薬理作用の違いから、脳細胞の働きを抑制する「抑制系」との細胞の働きを刺激する「興奮系」とに分けられる。身体依存を生じるものは主に「抑制系精神作用物質」である。
■抑制系の物質 アルコール、アヘン・モルヒネ、大麻・マリファナ、バルビツレート、睡眠薬
ベンゾジアゼピン、揮発性溶剤など、これら「抑制系」の物質の離脱症状は、むしろ興奮系の様相を呈する
■興奮系の物質
精神作用物質のコカイン、覚せい剤・アンフェタミン類、幻覚剤。
身体依存はめだたないが精神依存は非常に強く現れる
5.アルコール
日本の成人平均飲酒量は戦後、特に1960年代の高度経済成長期に労働者人口の増加とともに上昇し、1980年代から横ばいとなっている。近年の飲酒人口で大きな変化は、それまでは飲酒量が少なかった女性、高齢者、若者の層で飲酒量が増大している
■急性薬理作用(酩酊)
酩酊(めいてい)とは・・・アルコールによる酔いのことである
医学的に単純酩酊、複雑酩酊、病的酩酊に分けられる。
単純酩酊
血中のアルコール濃度上昇に伴う一般的な反応
興奮や精神病症状はなく通常の酔っ払い。表1のように4段階に分けられる。
複雑酩酊
比較的高い(通常0.18%以上の)アルコール血中濃度で、被刺激性が高まり言動が粗暴になる異常酩酊のこと。酩酊による興奮状態が長く続き、また衝動的で抑制がきかなくなる。しかしこれらの言動は、周囲の状況からある程度理解が可能であり、完全な意識障害に陥ってはいないので、ある程度回想できる。
病的酩酊
飲酒によって急激に意識変容が生じ、せん妄やもうろうとなり顕著な興奮を示す異常酩酊のこと。少量でも飲酒の数分後に極めて攻撃的になり情動が不安定になり、その言動は周囲の状況とは無関係で、理解が不能である。本人の時間や場所の見当識は障害され、後で全く回想できない。アルコールに起因する脳の異常反応といえる。
■アルコール依存症
ICD-10より以前は、飲酒行動異常と離脱症状の両方が見られる場合にアルコール依存症と診断していたが、現在は全述の依存症候群の(a)~(f)から三つを満たしていればたとえ(c)離脱症状や(d)耐性がなくてもアルコール依存症と診断する。すなわち、アルコールに対する強い渇望と探索行動があれば依存症である。本人は飲酒すると精神的緊張がとけ、酩酊によって、対峙すべき困難や葛藤から一時的に逃れることができ、その快感や手軽さから抜け出せなくなる。図1 アルコールによる酔いの段階
〇発揚期(0.02~0.05%) |
前頭葉によるトップダウンコントロール(図1-1)の抑制が取れる。 ほろ酔い状態になり、緊張がとけ、欲望が表出される。主に上機嫌で多弁になる。 作業遂行能力や集中力が増すような錯覚が生じるが、実際は注意の持続や反応が 低下し思考も錯乱する。 |
〇酩酊期(0.1~0.15%以上) |
ろれつが回らなくなり、足元もおぼつかなくなる |
〇泥酔期(0.2~0.3%以上) |
千鳥足になり歩行困難となる。移動や覚醒には解除が必要。 外部刺激にかろうじて反応するが完全な覚醒には至らない。 |
◯昏睡期(0.4%以上) |
外部刺激にも反応しない意識障害の状態。延髄の呼吸中枢の麻痺に至ると死亡する。 意識障害下での嘔吐物誤飲により窒息死 |
アルコール依存になりやすい体質(図2)
依存症になりやすいか否かは生物学的な体質も関係し、アルコールが肝臓で代謝されてできているアセトアルデヒドをさらに分解するアセトアルデヒド脱水酵素2型(ALDH2)の欠損があると大量飲酒は難しい。アセトアルデヒドは顔面紅潮、頭痛、吐き気、頻脈というフラッシング反応を起こす。この場合には飲酒量は制限され、アルコール依存症にはなりにくい。白人、黒人ではほとんどがALDH2を有しているのに対しモンゴロイドである日本人は5%がALDH2完全欠損、約半数が部分欠損である。
日中から連続飲するようになると、家族生活、社会生活、職業生活が破綻していく厳しい現実から逃れようとアルコールの酩酊に頼る。という悪循環に陥り、ますます精神的にアルコールに依存していく。アルコールには耐性があり、同じ効果を得る為に量が増えていく。やがて身体症状が生じ、飲酒を中断すると不快な離脱症状が生じるものの飲酒によって即座に改善する。その為、ますますアルコールが止められなくなる。
家族の病理
本人は周囲に多大な迷惑をかけ、あるいは社会的に破綻してしまっていても、尻拭いしてくれる家族がいることがある。
例えば、泥酔し暴力を振るう夫から離れずに、しかも昼夜働いて家計を支えて、母親のように熱心に本人を看病する妻である。結果として家族が、本人の飲酒を支えている(イネイブリング)また、後始末や肩代わりといった過剰な世話焼きをすることが、その家族にとっての生きがいや手応え存在価値になっている(共依存)自分がいないとこの人は本当にダメになってしまうという思考に無意識のうちにはまり込んでいる。アルコール依存症を治療するためには、家族は尻拭いをやめ、本人に一度どん底の「底つき体験」をしてもらうことが必要である。本人の意志と責任によって断酒する姿勢がなければ、アルコール依存からは脱出できない。
離脱症状
身体依存が形成されると、今度はアルコールを急激に中断したときに離脱症状が生じる。アルコール自体は薬理学的に抑制作用をもっているので、離脱期の抑制とは逆の興奮を示す。離脱期の興奮の時にアルコールを摂取すると興奮が抑制され、平穏な状態となる。これは出現の時間経過から①早期離脱症状(小離脱)②後期離脱症状(大離脱)に分けられる。①早期離脱症状(小離脱)
飲酒停止後2日以内に、交感神経の過剰興奮が起こる。不安焦燥と手指の振戦(アルコール離脱振戦)
自律神経症状(発汗、動悸、血圧上昇、発熱) がみられる。
症状のピークは飲酒停止後1〜2日であり、軽い意識障害、錯覚や一過性の幻視も生じる。この離脱症状は飲酒によってするに改善するが、そのままでも数日のうちに軽快する。ときにこの時期にけいれん発作(強直間代けいれん)が生じる。
電解質異常や脱水などがけいれんの原因として考えられる。
※焦燥・・・いらいらし焦ること ※ 幻視・・・実際にはないものが、あるように見えること
②後期離脱症状(大離脱)
飲酒停止後1日以上経過して生じる振戦せん妄の状態。
3〜4日でピークをむかえ1週間程度で改善する。手指振戦(早期離脱症状)がひどくなった粗大な振戦と自律神経症状、興奮、そして意識変容は出現する。意識障害の類型の一つであるが、意識混濁はそれほどひどくなく、表面的には会話が可能で指示に従える。壁や天井に、小動物や虫がうごめいているといった幻視がみられる。この幻視は現実感があり、自分の体の上を這い上がってくる虫(幻触)を追い払おうとする。この時期は被暗示性が亢進しており「虫が見える」と閉眼させ眼球を圧迫すると実際に虫が見えてくる(リープマン現象)や、しばしば慣れた職業上の仕草がみられる(職業せん妄)がある。
※振戦せん妄・・・重度のアルコール依存症患者にみられる離脱症状
6.アルコールに関連する特殊な病態
ウェルニッケ脳症
長年の多量飲酒によりビタミンB1(チアミン)が欠乏し、意識障害、眼球運動障害(脳幹の神経核の障害による)、失調歩行(小脳の障害による)の三微が出現す病態をウェルニッケ脳症という。ビタミンB1はアルコールを分解する過程で大量に消費される。またアルコール依存者はしばしばアルコール以外のものは摂取していない低栄養状態にある。ビタミンB1は脳内で酵素活性の補助として機能し、これが欠乏すると中脳から脳幹にかけての神経が壊死する。未治療では1〜2割死亡する。生存しても半数以上でコルサコフ症候群に移行する。
コルサコフ症候群
前向健忘・・・今から将来のことが記憶として積み上がっていかない記銘力障害
逆向健忘・・・発症の時点より以前の時期の数ヶ月〜数年間の記憶がなくなる
作話・・・・・とりつくろいの作り話
病識欠如、見当識障害、以上五徴が出現する病態をコルサコフ症候群という。ビタミンB1欠乏により、脳の乳頭体に変性は生じる。アルコール依存者の場合、離脱せん妄やウェルニッケ脳症(意識障害がある)の後にコルサコフ症候群(意識障害はない)となる。離脱せん妄と違いこの状態のまま症状が固定し治らない。
アルコール幻覚症
アルコール離脱時(意識障害下)の幻視とは異なり、長年の多量飲酒の結果として意識障害がないときに幻覚が生じることをいう。だいたいは幻聴である。最初は要素的幻聴(機械的な音)であるが次第に言語性幻聴(人の声)に変化していく。このアルコール幻覚症は「急性中毒でも離脱症状の一部でもない精神病性症状」(ICD-10)であり、離脱症状とは別のものである。幻聴は1ヶ月程度で消失し、統合失調症に比べて経過が短い。また、統合失調症とは違って、人格水準の低下やまとまりのなさは少ない。
アルコール性(嫉妬)妄想
アルコール依存症者は、しばしば配偶者が自分に愛想をつかし不貞を働いていると確信し、配偶者を監視し自白をせまる。この背景には、配偶者から飲酒による経済的な破綻、飲酒行動に伴う暴力等の迷惑行為により疎外されているという事実や、アルコール依存に至った精神的葛藤がある。すなわち本人のおかれている状況からは了解可能な妄想の内容である。統合失調症者にみられるような理解不能な、体系だった妄想ではない。
アルコール精神病
アルコール精神病とはアルコールに関連する脳器質的障害を総称していう。振戦せん妄やコルサコフ症候群、ウェルニッケ脳症、アルコール幻覚症など急性中毒いがいの全ての疾患を総称する。この広い概念は、個別な疾患を吟味することなく安易に使用され、医学的意義があまりないということからICD-10、DSM-IVでは削除された。
胎児性アルコール症候群
母親が妊娠早期に大量飲酒をすると、臓器に奇形(口唇・口蓋裂、心房・心室中隔欠損など)をもった胎児性アルコール症候群の子どもが生まれる。精神発遅滞、小頭症を伴い、低体重、低身長である。
アダルト・チルドレン
アルコール依存症者のいる家庭は機能不全に陥っていて、子どもにとってみれば健全な人間関係のあり方を学ぶことができない。アルコール依存症者を親にもち成長したアダルト・チルドレンは不自然な家庭のなかで育ち、人間関係をうまく結べない、適応できない生きづらさを抱えている。
7.アルコール以外の抑制系精神作用物質
■大麻・マリファナ
大麻は「大麻取締法」(昭和23年法律第124号)にて規制されている。大麻は精神依存があるものの身体依存や耐性が大きく目立たないことから、社会的有害性は少ないのではないかという誤解もあったが、大麻を持続的に使用していると、人によっては幻覚や妄想が長い経過のなかで出現し、中断した後でも影響が残り、無気力が慢性的に持続し生産的な社会生活が営めなくなる。
■アヘン・モルヒネ
身体症状として、便秘や縮瞳がみられる。また食生活や生活はすさみ低栄養で痩せる。少量で効果がある静脈注射をするため、注射器の回し打ちによるHIV感染症を合併する。そのため欧米の一部の地域では、アヘン投与に使われると知りながら清潔な注射器を配布している。
■ベンゾジンアゼビン(睡眠薬)
長年の服薬により身体依存が本人の知らない間に形成され、断薬により不安や反跳性の不眠が生じる。またアルコールと併用した時に快感となり、精神依存を形成する。処方安定剤の乱用、大量まとめのみというオーバードーズの問題が、最近の若者特に女子の間で起きている。
■揮発性溶剤
シンナー(トルエンなどの揮発性溶剤3〜4種の混合液)をはじめとする揮発性溶剤は酩酊作用をもつ。低濃度の短時間吸引では心地ようが、長時間吸引で酩酊が進むとアルコールの複雑酩酊に似た症状が出現し、制圧的で粗暴な行動をとる。色が鮮やかに見える、あるいはゆがんで見えるといった急性の視覚異常や、要素的な幻聴がときに出現する。脳細胞の抑制系の物質で、精神依存と耐性をもつ。当初は集団で仲間意識の確認儀式のような形で吸引しはじめるが、依存ができてしまい一人で隠れて吸引するようになる。常用によって無気力状態に至る。また集中力や持続力に乏しくなり、労働や学習ができなくなる。「毒物及び劇薬取締法」(昭和25年法律第303号)によって規制されている。
8.興奮系の精神作用物質
■覚せい剤(アンフェタミン、日本ではメタンフェタミン)精神刺激薬
覚せい剤の社会背景
2000年(平成12年)前後をピークに減少してきているが最近では、都市部の路上などで不特定多数の人、特に青少年や主婦への密売が行われており、取り締まりが強化されている。使用数日後でも、尿検査でわかる。
覚せい剤の症状
「興奮系」の薬物で投与直後から気分が爽快になり、眠気がとれ頭が冴えわたる。性感も高まる。しかし爽快気分は持続せず、投与数時間後には薬効が切れ、疲労倦怠感、脱力感や気分不快感、抑うつ気分が生じる。この不快さから逃れるために再度、覚せい剤を使用するという悪循環に陥る。身体依存の形成は原則的にないが、耐性が生じる精神依存が強力であり、一度使用すると止められなくなる。アンフェタミンに脳が敏感な者では投与時に知覚過敏、幻覚妄想が急激に出現する。幻覚妄想は状況依存性で、その場の状況に彩られる。
例えば「暴力団が取り立てにきて命を狙っている」「警察に包囲されている」と主張し興奮して周囲を威嚇する。これは暴力団から非合法な形で購入して使用しているという後ろめたさが関係している。
覚せい剤精神病
覚せい剤では耐性が形成され、使用量がどんどん多くなる。長期間使用すると、幻覚妄想が持続的に出現し、統合失調症にみられる幻覚妄想とは違いがある。覚せい剤精神病では幻覚妄想の内容が状況依存的で、ある程度了解できる内容である。
一方、統合失調症では、幻覚妄想のテーマが一貫していて、状況によって変わることはない。また、覚せい剤精神病では、疑い深く猜疑的でしつこく詮索を続けるが人格の崩れは少なく疎通性は保たれており通常の会話が成立することが多い。これは、統合失調症では人格水準の低下があり、会話の内容にまとまりがなく自分の世界のなかで浮遊しているのと異なる。
覚せい剤精神病は1ヶ月〜数ヶ月で多くは消失するが、症状消失後、ごく少量の覚せい剤の再使用によってまた元の精神病状態が再現することがある(逆耐性現象)さらに、覚せい剤の再使用でなくても、不眠や不安、心理的ストレス、飲酒、他の精神作用物質の使用によって、昔あった覚せい剤精神病の症状が再熱する(フラッシュバック)ドーパミン作動性の神経系が過敏性を獲得し、些細な刺激で異常興奮に至る。
新・精神保健福祉士養成講座 ~精神疾患とその治療~ (中央法規)より抜粋