気分障がい

1.気分障がいとは

 気分障がいとは、気分または感情の変化を主症状とする精神障がいを言う。具体的には、抑うつ気分(うつ病エピソード)や高揚気分(躁病エピソード)が一定期間持続して出現する。ここでの気分とは、比較的長く持続する喜怒哀楽、快不快などの感情をいう。

 気分障がいという用語は今までは、躁うつ病という概念でまとめられてきた。現在の操作的診断による気分障がいは、原因を考慮したものではなく、外に現れた症状に基づく一群である。内因性の精神障がいとしての躁うつ病よりも広い概念である。

 

2.躁うつ病から気分障がいへ

 19世紀ごろ、躁状態の時期とうつ状態の時期とを周期的に繰り返す病態を、家族性であることや、周期性があることから、何らかの生物学的な基盤をもつ一つの疾患単位、躁うつ病としてまとめた。同時にもう一つの内因性精神病である統合失調症(当時は早発性痴呆)とは違って、繰り返し症状を発現するが、荒廃状態にはならないことを特徴とすることを指摘し、躁状態の時期がないうつ病もこの躁うつ病の範疇に含められていた。

 1960年代以降、躁うつ病は、躁状態の時期とうつ状態の時期とを周期的に繰り返す双極性障がいと、うつ状態の時期のみを繰り返す単極性うつ病とに分けられるようになった。また、うつ病のなかで心的性のもの(原因として心理的な要素が強いもの)を神経症性うつ病とし、内的性うつ病と区別するようになった。これらの伝統的診断は、原因や病態と結びついて理解しやすかったが、診断基準が明確でなく、しばしば医師によって診断が一致しなかった。

 

3.診断分類

 気分障がいの分類は大きく、反復性うつ病性障がい(従来の「内的性うつ病」に相当)と双極性感情障がい(従来の「躁うつ病」に相当)に分けられる。初発時には、うつ病エピソード、あるいは躁病エピソードという診断になる。その後に年単位で経過をみていくなかで再びエピソードがみられ、反復性うつ病性障がいであった、あるいは双極性感情障がいであったということになる。気分障がいの8割が、うつ病エピソードのみを繰り返す反復性うつ病性障がいである。これは中年以降の年齢での発症が多い。

 一方、双極性感情障がいはうつ病エピソードと躁病エピソードとを繰り返すもので、20歳前後の若い年齢での発症が多い。また、遺伝的素因の影響が大きいことが知られている。なお、躁病エピソードのみの気分障がいはまれである。すなわち、躁病エピソードしかないようにみえても、今後経過を追っていくうちに、あるいは過去にさかのぼって、うつ病エピソードの時期がほとんどの例で確認できる。

 

4.病因

 反復性うつ病性障がいも双極性感情障がいも、病因はまだ明らかにされていない。神経学的な病因の仮説としては、①モノアミン仮説(セロトニンやノルアドレナリンなどの脳内モノアミンの受容体が、ストレスによって変化を起こすというもの)、②視床下部-脳下垂体-副腎系仮説(生体の副腎皮質ホルモンを含むストレス反応系に障がいが起こり、ストレス脆弱性が生じているというもの)、③神経細胞新生仮説(脳由来神経栄養因子BDNFが減少し、海馬などで神経細胞の新生が抑えられ、結果としてストレス脆弱性が生じているというもの)がある。家族性に気分障がいが生じることから、遺伝的素因が関係していることは間違いない。また病前性格も関与する。

 しかし素因と病前性格がそろっていても、それだけでは発症しない。精神的ストレス(焦り、緊張持続など)、あるいは身体的ストレス(身体疲労など)、あるいは社会的要因(社会風潮、秩序など)が強く関与している。具体的には、内因性うつ病は、肉親の死亡、家庭内不和、経済的破綻、身体的病気などの出来事によって生じやすい。また、必ずしもマイナスの価値観をもつ出来事だけではなく、昇進や結婚、事業拡大といった、新たな責任ある環境に投げ込まれることも発症原因となる。このように気分障がいの病因は、生物学的、心理学的、社会学的なさまざまなレベルに渡っている。

 

5.内的性うつ病になりやすい性格

 病前性格の研究では、単極型うつ病になりやすい、執着性格がある。几帳面、徹底的に熱中する傾向が基本にある。またメランコリ-親和型性格も執着性格に似た概念である。秩序志向性、他者配慮の強い性格である。一言でいうと、几帳面で責任感が強い、他人からの依頼を断れない性格である。一方では、柔軟性に欠け、解決不能な問題にも、いい加減に片付けることができず、真摯に真面目に完全に対峙しようとする。課題を抱え込んでしまい課題がやりきれなくなり、ストレスが能力の限界をこえると破綻してまう。

 歴史的に知られているものとしてクレッチマーの循環気質がある。やや肥満体で、かっぷくのよい者があてはまる。これは躁うつ病気質とも呼ばれ、社会的で活発、一人で過ごすことがなく、たえず他人との交流、会話を求める。一見、陽気ではあるが現実志向的で、他者と同調して無理にふるまってしまう面もある。

 

6.持続性気分障がい

 持続性気分障がいは社会生活に大きく支障をきたすほどには重症ではないが、何年間も長期にわたって慢性的に続く気分障がいである。個々のエピソード自体は、軽症うつ病エピソードあるいは軽躁病エピソードよりも軽い。しかし本人は社会生活上大きな苦痛を感じている。気分変調症気分循環症がある。

気分変調症(ディスチミア)

 従来の神経症性うつ病、抑うつ神経症とほぼ同じ概念である。抑うつ気分があり苦悩が多い状態であり、うつ病エピソードにみられる症状を強く自覚している。しかし生物学的な因子の強い内因性うつ病とは違って、心因的な要因の強い、どちらかというと不安障がい圏の病態である。

 内因性うつ病と違うところは、うつ病エピソードの程度は比較的軽く、制止はまれでむしろ気が向く事柄は活動的に行い、他罰的で不平不満を外に強く訴えることである(内因性うつ病では自分が悪いという思考になるので、不平不満を言うことがなくじっと耐えている)。また日内変動もない。日によって、あるいは時間によって元気になるときと、抑うつ気分がひどいときと変動する。

 多くは20歳代の比較的若い時期に発症する。心因の原因がなくなればすっかりよくなることもあるが、心因が続く限りよくならない、一生にわたって慢性的なうつが続く場合も多く、うつ病としてみた場合症状は軽いが、治りにくいという意味では予後はよくない。

気分循環症

 社会生活に大きくは支障をきたさない程度の、気分の高揚や抑うつが、生活上の出来事とは無関係に出現し持続する障がいをいう。通常、医療の対象にはならない。

 

7.特殊なうつ病

季節性うつ病

 主に日照時間が短くなる(南半球では)冬季に繰り返しうつ病を呈する者がいる。この場合、季節性うつ病という。冬季には精神運動抑制が生じるが、睡眠、食欲についてはむしろ過眠、過食となることが多い。この場合、早朝に明るい光線を毎日2時間程度あてることにより回復する。

急速交替型気分障がい

 双極性感情障がいの2割程度において、うつ病期、躁病期、混合期を次々に繰り返し(1年間に4回以上のエピソードの交代)、薬物治療があまり奏効しない状態を呈することがある。これを急速交替型という。この原因として、内分泌系の異常、あるいは抗うつ薬の影響(にて躁転しむしろ不安定になる)が考えられる。治療は、抗うつ薬を減量し、気分安定薬である炭酸リチウム(躁病の治療・予防にも、うつ病の予防にも効果がある)を中心とした処方に変更する。

 

新・精神保健福祉士養成講座 ~精神疾患とその治療~ (中央法規)より抜粋